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学习·高三 · 古典探究 II

徒然草 · 精読「つれづれなるままに」

序段を係り結び・已然形・反語の三点で完全精読し、第145段の優美観と突き合わせて兼好法師の達観と皮肉を読み取る

Step 1 / 21 · 概念 · 必修小テスト 0/6

序段は「何を書くか」ではなく「なぜ書くか」を先に手放す

頻出度 ◎。徒然草の冒頭は、古典の書き出しとして異例のことを行なっています——書く目的の宣言を、最初に手放しているのです。方丈記が行く河の流れで無常を、枕草子が春は曙で美を宣言して入っていくのに対し、兼好は「手持ち無沙汰なのでとりとめのないことを書きなぐったら、自分でもおかしいほど夢中になっている」とだけ言う。ここには主題も、読者も、書こうと決めた理由もありません。だからこの一句は「何を書く本か」ではなく「何を期待して読んではいけないか」を先に決める宣言になっています。

現代語なら「退屈だったので、随筆を書いた」と因果を明示できます。ところが古文は「つれづれなるまゝに」と、状態に任せて流すだけで、書き手の決意を消してしまう。この消し方が随筆の条件で、同じ言い方は第17段の末尾「人の見るべきにもあらず」——誰も読む価値はない、という自嘲——と対を成します。序段を単独で暗誦しても点は伸びず、この往復(書くと言い張る/読む値打ちはないと投げる)をセットで把握して初めて、内容真偽の偽肢を蹴れます。

判定の中心は三点。①「まゝに」を状態の継続ではなく「任せて・従って」と取るか、②「あやしうこそものぐるほしけれ」を係り結びとして文末の形で確定できるか、③第145段「花は盛に月は隈なきをのみ見るものかは」を反語として訳し切れるか。この三点が崩れると、作者の人柄を問う設問(達観・諦観・皮肉)が全部裏返ります。

書庫にある実例

「古典探究」兼好法師の思想と文法を序段から読む

徒然草序段去阅读 →

つれづれなるまゝに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

手持ち無沙汰なので、一日中硯に向かって、心に浮かんでは消える取るに足らないことを、とりとめもなく書きつけていると、奇妙なほど夢中になってしまう。

本課の要点:「つれづれなる」= ナリ活用形容動詞連体形/「こそ〜けれ」= 已然形結び(逆接ニュアンス)