伝聞と断定の「なり」、ぞ・なむの連体形結び、反実仮想の歌の書き換えを、仮名日記の発明として読み解く
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頻出度 ◎。土佐日記の冒頭は、日本文学で最も有名ないきさつの一つです。男が書くものだと世間で言われている日記を、女もしてみようとして書くのだ——と宣言して始まります。任国の任を終えて帰る旅を、紀貫之が女性の身になった仮名で書いたのがこの作品で、冒頭の一文はその発明そのものを告げています。
この宣言が効くのは、内容ではなく文の形です。「男もすなる」の「なる」は伝聞の助動詞、「女もしてみむとてするなり」の「なり」は断定の助動詞。同じ音が、文中では伝聞、文末では断定になって、世間の通念を引用し、自分の行為は言い切るという構造を作っています。仮名で書くとは、漢文の記録体(男性社会の公文書)の語法を借りないということです。だからこの課の第一の論点は、語句ではなく助動詞の識別になります。
第二の論点は情です。旅の記録は、別れの席、月の歌、子(船君)の病、と場面を移しながら、歌が心情を引き受ける形で進みます。伊勢物語(h3-6)と同じ二段構造ですが、こちらは日付を単位に置く日記文学なので、同じ歌が「その日の出来事」として生活の中に沈みます。第三に、この課は係り結びの実文が揃っています——「海にぞ入る」「歌なむおもほゆる」「志ある人なりける」と、ぞ・なむ+連体形が短い段に集中していて、h2-6 の規則が本物として使われる場所です。